大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

広島地方裁判所 平成8年(行ウ)11号 判決

広島県三原市沼田東町釜山一〇九七番地二

原告

日野邦治

広島県三原市宮沖町二四四番地

被告

三原税務署長 高地義勝

右指定代理人

榎戸道也

徳岡徹弥

表田光陽

河島功

主文

一  本件訴えのうち、所得税額更正請求及び金員請求に係る訴えをいずれも却下する。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  原告の平成三年分の所得税の更正の請求に対して、被告が平成五年六月二三日付でなした更正すべき理由がない旨の通知処分を取り消す。

2  被告は、原告の平成三年分の所得税額を金一一万二四〇〇円とする旨の更正をせよ。

3  被告は、原告に対し、金八二万四八〇〇円を支払え。

4  訴訟費用は被告の負担とする。

5  第3項につき仮執行宣言

二  被告

(本案前の答弁)

1 請求の趣旨2及び3項の各請求に係る訴えを却下する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

(請求の趣旨に対する答弁)

1 請求の趣旨1項の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、被告に対し、平成四年三月一六日、平成三年分の所得税の確定申告について、次のとおりの申告をした。

事業所得金額 五〇〇万円

給与所得金額 四七五万一八七〇円

右両所得に対する所得税額合計 九三万七二〇〇円

2  しかし、前項の事業所得(以下、「本件事業所得」という。)は、金融機関から融資を受ける上で相当額の所得及び同所得にかかる所得税を納付しておく必要から、実際には、事業による収入が全くなかったにもかかわらず、原告が架空に申告したものであった。

3  原告は、1項記載の申告の際、事業所得の申告に添付を義務づけられている書類の添付を被告の職員から要請されたにもかかわらず添付しなかった(本件事業所得が架空のものであったため、添付できなかった)こと及び本件事業所得の金額がちょうど五〇〇万円であることからすれば、被告は、本件事業所得が所得税法の規定に基づき算出されたものでないことを知り得たし、実際に知っていたはずである。それにもかかわらず、被告は、1項記載の本件事業所得の申告を許した。

4  原告は、源泉所得税として金二四万六〇四〇円を、申告納税額として金六九万一一〇〇円をそれぞれ納付した。

5  訴外広島国税局長は、平成四年六月二四日、原告の平成二年分の所得税について、所得税八三九九万六七〇〇円及び重加算税二九三九万六五〇〇円とする更正決定及び加算税賦課決定をなしたところ、原告が右処分を不服として右金額を全く納付しなかったため、原告名義の不動産について差押をした。

6  前項の差押の事実が短期間で金融機関に知られたために、2項記載の原告の目的が達成不可能となり、さらに、前項の更正決定及び加算税賦課決定の事実が被告から訴外広島市及び訴外三原市に対して通知されたため、これに対して各種地方税が課税され、一般の市県民税のみならず、架空の本件事業所得についても事業税が賦課されることとなった。

7  原告は、被告に対し、平成五年二月八日、事業所得金額を金〇円に、その余の所得に対する所得税額を金一一万二四〇〇円に、それぞれ更正するよう請求したところ、被告は、右請求に対し、平成五年六月二三日、更正をすべき理由がない旨を原告に通知した(以下、「本件通知処分」という。)。

8  原告は、被告に対し、同年八月二五日、本件通知処分に対する異議申立をなしたところ、被告は、同年一一月二五日、これを棄却した。

9  原告は、さらに、同年一二月三〇日、国税不服審判所長に対し、審査請求したが、同所長は、平成八年二月二七日、これを棄却する旨の裁決をなし、原告は、同月二九日、その裁決書謄本の送達を受けた。

10  しかしながら、原告の平成三年分の本件事業所得の金額は〇円であるから、原告の前記更正の請求に対し、更正をすべき理由がない旨の本件通知処分は、違法である。

また、原告は、4項記載のとおり、すでに支払った金額と更正すべき所得税額との差額を過払いしているものである。

11  よって、原告は、被告に対し、請求の趣旨記載の判決を求める。

二  請求の原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実は不知。

3  同3の事実のうち、本件事業所得の金額が五〇〇万円と申告されたことは認め、その余は否認する。

4  同4の事実のうち、原告が平成三年分の所得税六九万一一〇〇円を国に納付したことは認め、その余は否認する。

5  同5の事実は認める。

6  同6の事実は不知。

7  同7の事実のうち、本件事業所得を〇円に更正するよう請求したことは認め、その余の不知。ただし、「所得税額を金一一万二四〇〇円にそれぞれ」とあるのは、「還付金の額に相当する税額を二九二万二四四〇円に」とするのが正しい。

8  同8、9の事実は認める。

9  同10、11は争う。

三  被告の主張

1  請求の趣旨2及び3項の各請求に係る本件訴えの適法性について

(一) 更正請求の適法性(請求の趣旨2項に対して)

本件更正請求は、原告の平成三年分の所得税の減額を求めるものであるところ、このような請求に係る訴えは、行政事件訴訟法に明定する四類型の抗告訴訟に該当しない、いわゆる無名抗告訴訟の一つの義務付け訴訟に当たる。

しかし、義務付け訴訟は、行政庁が当該行政処分をすべきことまたはすべきでないとについて法律上羈束され、行政庁に裁量の余地が全く残されていないために第一次的な判断権を行政庁に留保することが必ずしも重要でないと認められ、しかもこれを認めなければ回復しがたい損害が生じるなど救済の必要が顕著で、司法権の行使による以外法律上他に適切な救済方法がないなどの例外的な場合にのみ許されるものと解されるところ、申告にかかる所得金額が過大である場合にその過誤を是正するためには、当該申告者は、まず税務署長に対して更正の請求をし、これが容れられない場合には、税務署長がなした更正をすべき理由がない旨の処分に対し、その取消を求める訴えを提起し、認容判決を得れば足りるのであるから、本件更正請求にかかる訴えは、義務づけ訴訟が許される場合に当たらないことは明らかであり、不適法である。

(二) 被告適格について(請求の趣旨3項に対して)

三原税務署長は、単に国に所属する行政機関の一つにすぎないのであるから、権利義務の主体になり得ず、民事訴訟における当事者能力を有しない。そして、本件金員返還請求にかかる訴えは、行政訴訟と解する余地はなく、民事訴訟と解されるところ、当事者能力を有しないものに対する訴えであり、不適法である。

2  本件通知処分の適法性

(一) 本件課税処分等の経過は、左記のとおりである。

平成四年 三月一六日 確定申告

平成五年 二月 八日 更正の請求

同年 六月二三日 更正をすべき理由がない旨の通知

同年 八月二五日 異議申立

同年一一月二五日 異議申立に対する決定(棄却)

同年一二月三〇日 審査請求

平成八年 二月二七日 審査請求に対する裁決(棄却)

(二) 被告は、原告からの本件更正の請求に対し、国税通則法二三条四項に基づく調査を実施したが、原告は、平成三年分は、事業にかかる収入はないこと等を申し立てるのみで、帳簿等はいっさい提示しなかった。

(三) 納税者から更正の請求書が適法に提出された場合、税務署長は調査を行う(同法二三条四項)のであるが、税務署長は、更正の請求の調査手続において、納税者の申告内容が真実に反することの主張立証がない限り、納税者の提出した申告書に記載された所得金額等をそのまま正当なものとして、納付すべき税額をその申告どおり確定すれば足りると解されている(大阪高等裁判所昭和五〇年四月一八日判決・税務訴訟資料八一号二五四頁)。

(四) 原告は、本件更正の請求をしたものの、申告内容が真実に反することの立証を何ら行わなかったので、被告としては、本件更正の請求は、更正をすべき理由がないとして本件通知処分を行ったものであり、右処分は適法である。

第三証拠

本件訴訟記録中の書証目録の記載を引用する。

理由

一  請求の趣旨2項の請求に係る本件訴えの適否について判断する。

本件更正請求は、原告の平成三年分の所得税の減額を求めるものであるところ、このような請求にかかる訴えは、行政事件訴訟法に明定する四類型の抗告訴訟に該当しない、いわゆる無名抗告訴訟の一つの義務付け訴訟に当たる。

そして、義務付け訴訟は、司法権によって行政機関に一定の作為又は不作為をなすことを義務づけるものであるから、三権分立制度との調和の観点から、行政機関の第一次的判断権を害しないような場合のみ許されると解すべきであり、具体的には、行政庁が当該行政処分をなすべきこと又はなすべからざることについて法律上羈束されており、行政庁に自由裁量の余地が全く残されていないために第一次的な判断権を行政庁に留保することが必ずしも重要でないと認められ、しかも、事前審査を認めないことによる損害が大きく、事前の救済の必要が顕著であり、さらに、司法権の行使による以外法律上他に適切な救済方法がないなどの例外的な場合にのみ許されるものと解される。

本件では、申告にかかる所得金額が過大である場合にその過誤を是正するためには、申告者である原告は、まず税務署長に対して更正の請求をし(国税通則法二三条一項一号)、これに不服があれば、税務署長がなした更正をすべき理由がない旨の処分に対し、その取消を求める訴えを提起し(同法一一四条、行政事件訴訟法三条二項)、その認容判決を得るという救済方法が法律上認められているのであるから、さらに更正請求を求めるという義務づけ訴訟を許容しなければならない場合には当たらないといえる(東京地方裁判所昭和五四年三月一五日判決・訟務月報二五巻七号一九六九頁、京都地方裁判所昭和五六年一一月二〇日判決・同二八巻四号八六〇頁参照)。

したがって、本件更正請求に関する訴えは、法律上許容されないものであり、不適法として却下を免れない。

二  次に、請求の趣旨3項の請求(金員請求)に係る本件訴えの適否について判断する。

請求の趣旨3項に係わる原告の訴えは、所得税として納付した金員中過払分相当額の返還を求めるものであるが、このような訴えは、行政事件訴訟法二条に規定される訴えに該当せず、行政庁が独立の当事者能力を有しないことから、これを被告とする訴えの提起は許されない。

したがって、原告の右訴えは、被告適格を有しないものに対する訴えとして法律上許容されないものであり、不適法であるから、却下を免れない。(大阪地方裁判所昭和三六年一二月二日判決・税務訴訟資料第三五条八八六頁参照)。

三  本件通知処分の適法性について

1  請求原因1、4、5、8及び9項記載の各事実については、当事者間に争いがない。

2  原告は、本件事業所得がない(〇円)にもかかわらず、五〇〇万円である旨申告した理由として、請求原因2項記載のとおり主張し、さらに、その後本件事業所得を〇円と更正するよう請求した理由として請求原因6項記載のとおり主張する。

しかし、税務署長は、更正の請求の調査手続において、納税者の申告内容が真実に反することの主張立証がない限り、納税者の真実の所得金額まで調査・確定することは必要ではなく、納税者の提出した申告書に記載された所得金額等をそのまま正当なものとして、納付すべき税額をその申告どおり確定すれば足りると解されているところ(前記大阪高裁昭和五〇年判決)、これを本件についてみれば、原告は、本件更正の請求をしたものの、原告の申告内容が真実に反すること(本件事業所得が〇円であること)につき、何ら立証をしない。

かえって、裁決書謄本(乙一)によれば(一) 原告は本件訴訟以前、合計七回にわたり、行政機関に対して、書面又は口頭により、意見を述べる機会があったこと(税務署長による調査の担当者及び異議審理の担当者それぞれに対して二回、国税不服審判所に対して三回)、(二) 原告は、前記調査の手続の際、調査の担当者に対し、個人的な貸付先を明らかにすることを拒否し、貸付金の状況及び回収状況についても説明するつもりはないと述べていること、(三) また、原告は、前記異議審理の手続においても、訴外竹野光太郎(以下、「竹野」という。)との間の金銭貸借の関係につき認めたものの、その貸付の内容については、二億六〇〇〇万円を無利息で貸し付けるというものである旨及び竹野以外の者に対する貸付(無利息)については明らかにするつもりはない旨述べていること、(四) さらに、原告は、前記国税不服審判所における手続において、異議手続までの主張を翻して、竹野に対する貸付による利息収入の存在を認めたものの、それ以外の貸付については件数、貸付先等につき一切明らかにせず、貸付に関する記録、帳簿、契約書等の証拠となる書類は、控えも含め、一切存在しないと主張していること、(五) 原告は、右の各手続において、帳簿書類等を提出しなかった(国税不服審判所における手続においては、提出を求められたにもかかわらず、提出しなかった)ことが認められ、右認定事実によれば、原告は、本件訴訟に至るまで、真実の所得金額を立証する十分な機会が付与されていたにもかかわらず、殊更、これを明らかにしようとはせず、帳簿書類の提出を拒むなどして真実の所得金額の解明に協力しなかったことが認められ、しかも、原告がその証拠となりうる資料の提示を一切拒絶する理由は、返済の経過等に関して記帳した記録は一切ないというものであるが、貸金業の経験のある原告が、億単位の高額の貸付に関して、たとえ無利息であっても、元本の回収に関する記録さえ残していないとは到底考えられない。

さらに、本件訴訟においても、原告は、前記税務署長の調査のときと同様、証拠となりうる資料を何ら提出することなく、従前と同様の主張を繰り返すのみである。

したがって、原告が、本件事業所得は〇円であって、その申告内容が真実に反するということにつき具体的な主張立証をしない以上、被告が、その申告とおりの金額に基づいて納付すべき金額を定めたことについて、何ら違法な点はなく、この点に関する原告の請求に理由はない。

四  以上により、原告の本訴請求中、更正請求に関する訴えは訴えの利益を欠き、過払金返還請求に関する訴えは被告適格を欠くから、いずれも不適法として却下し、その余の請求(本件通知処分取消請求)は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松村雅司 裁判官 金村敏彦 裁判官 高橋綾子)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例